Dark to Light
                                
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パトカーと救急車の赤色灯。
夜中の江の島を不気味に浮かび上がらせていた。
暗黒の空から、真っ白な粉雪が降り注いでいる。
辺りは、静まり返っていた。
俺は、身体の震えが止まらなかった。
寒さのせいじゃない。

 「てめぇら逃げんな!―――ここにいろ。」

如樹きさらぎさんだけが、冷静で、皆に指示をした。
さっきまで、血が飛び交い、乱雑な言葉が空を舞っていた。
肉と肉がぶつかり合う、鈍い音が響いていた。
そんなこと信じられないほど静かな夜だった。

一人の小さな命が、消えた。

 「ヘッドは今日いません。一切の責任は、BADバッドの特隊、如樹 紊駕自分がとります。」

如樹さんがケーサツに頭をさげた。

 「紊駕みたか!」

海昊かいうさんも如樹さんと一緒に並んで頭を下げる。
俺は、足を踏み出すことさえできなかった。
そこに立っているのがやっとで……。
その悪夢のような出来事に、まったく頭がついていけずにいたのだ。

BADとBLUESブルース。そこにいた全員がケーサツに連れていかれた。
虞刺ぐし遍詈へんりは、前科もあり、すぐに別のケーサツが対応したようだった。
俺や轍生てつきは、親に連絡をされ、迎えに来てもらう形でひとまず帰宅した。
如樹さんと海昊さん以外は。

平成3年12月12日。
今日という夜は、とても永くて、俺らには耐えきれないほどで……
こつん。と、窓を叩く音がした。2階の自室。
カーテンを開いて鍵を開ける。轍生が顔を出した。
轍生の家は、俺の家の真隣で、2階の自室の窓から屋根伝いに行き来できる。
俺は、窓を開けた。

 「……。」

 「……。」

俺は椅子に、轍生はベッドに腰かけた。
轍生も眠れなかったのだろう。お互い無言のまま時計を見上げた。
23時をまわった。どうなるんだろ。轍生は呟く。
BAD解散。俺の脳裏に浮かんだ。でも言葉にはしなかった。

 「……あんとき、俺。いい気になりすぎてた。」

後悔するな。と、みやつさんに言われたばかりなのに、俺は自分の行いを既に後悔していた。
如樹さんは必死に皆を止めていた。なのに。

 「俺もだ。」

轍生も呟いた。
俺らが手ぇ出さなかったら、未然に防げていたかもしれない。
そう思うと罪悪感がずっしりとのしかかった。
まさか。あんなことになるなんて……。

今日は、眠れそうにない。

Dark Road。吸い込まれるように単車は走っていた。
Dark Sky。鈍い音を立てて。
Dark Blood。舞った。

ほんの一瞬。一瞬の出来事が俺にはスローモーションに見えていた。
BLUESの一人、天漓 青紫てんり せいむ 13歳。
尊い命が消えた瞬間の出来事。

如樹さんの素早い救急車要請。適確な処置、対応。
でも、救急車が来る前に、天漓 青紫は……。
あおいさんも斗尋とひろさんもいない今日。それは、起こってしまったのだ。

 「滄さんに連絡。……どうする。」

 「……。」

情けないけど、説明する勇気が俺にはなかった。
轍生が、自分を鼓舞するためだろう。立ち上がった。

 「しっかりしようぜ。俺たち。」

俺を見た。

 「しっかり、しよう。如樹さんや海昊さん。皆、つらいんだ。それでも、あの人たちは……。」

そうだ。そうだよな。俺は頷いた。
自ら自室にある、子機を取った。その勢いのまま、滄さんの家の電話番号を押す。

 「……はい……滄です。」

ちょっと眠そうな、細雨ささめ―――滄さんの7つ下の弟。の声。

 「ごめん。寝てた?よな。俺、つづみ。えっと……滄さん、いる?」

坡さん?と、細雨が返答して、まだ帰ってきてない。と、告げた。
高校卒業後、就職をする予定の滄さん。その関係で出ている。と、言った。

滄さん家は、滄さんが中3の時、両親が離婚した。らしい。
父親に、滄さんと細雨が引き取られた。
でも、父親はめったに帰ってくることはないらしい。
だから、中学の頃から滄さんがアルバイトなどをして生計を支えている。と、聞いていた。

 「あ、海昊さんもまだなんですけど……。」

俺の心臓が音を立てた。細雨に伝えるわけにはいかない。
滄さんいないのかぁ。と、何とかごまかしたが、おそらく上ずっている、俺の声。

 「あ、帰ってきました!」

細雨の声のトーンが上がった。電話口の後ろで玄関の開く音が聞こえた。
俺の鼓動も同調するかのように早まった。

 「……兄ちゃん、坡さん。……え?ちょっと待って。」

細雨と滄さんの会話が聞こえる。
しばらくして、細雨が滄さんにとってかわる。
俺の心臓音、クレッシェンド。

 「……すいません、滄さん!!すいません!!」

初めにでてきた言葉は、謝罪だった。
滄さんはすぐに察した。何があったんだ?と。
俺は震えながらも、ちゃんといわなきゃ。と、深呼吸。

 「今日、いつものように集会を開いて、俺らと海昊さん、如樹さん、一部は残ってたんスけど、他は走りに行ってて……斗尋さんも今日はいなくて……弁天橋の近くにいた奴らがこっちにきて……」

滄さんは、俺の言葉を相槌をうちながらも遮ることなく聞いてくれた。

 「BLUESが戦闘態勢で乗り込んできたんです。」

頭ン中、ぐるぐるとそのときの光景がまわっていた。
思い出すように、口にした。
虞刺が、嘲笑って、単車に乗せた天漓 青紫を指さした。
ぐったりとうなだれている天漓 青紫。
手がアクセルとクラッチに固定されていた。単車は、唸り声をあげていた。
単車の隣で巨体の遍詈が右足をギアに掛けていた。

 「はったりじゃないこと……間違えれば大変になコトになるって……わかってたのに……俺ら……走りから戻ってきた奴らも……」

どんどん呼吸が荒くなった。ちゃんと言えてるか不安になった。でも言葉は止まらなかった。

 「如樹さんは、跪いたんです。皆には手ぇ出すなって。虞刺に頭をさげたんです。……如樹さんは、叫んだんです。やめろって。……でも、でも、先に走りに出てたやつらが、……俺らも……止まれなくて……。」

滄さんが生唾をのんだのが聞こえた。俺の涙腺は限界だった。
誰が最初だなんてわからない。BADの皆、ほぼ一斉にBLUESに襲い掛かった。
大乱闘。
もう、だれにも。俺にも。如樹さんの制止声は、聴こえなかった。

遍詈も。故意じゃなかったのかも。しれない。
でも、結果、遍詈の右足は、単車のギアを踏んだ。
ローギアでつながった単車は、死のロードを走った。そして、天漓 青紫ごと、宙を舞った。

 「……天漓 青紫が、死にました。」

 「……っ。紊駕は?海昊はどうした!!」

滄さんが声を張り上げた。俺は叱られた子供のように電話口で直立不動。
ケーサツにまだ居る。と、かろうじて答えた。

 「如樹さん、全て自分が責任をとるからって。……海昊さんも……」

すいません。すいません。俺は頭を下げた。
そんな、許しを乞うかのような俺に、滄さんは大声だして悪い。と、言って続けた。

 「F警察か?今から言ってくる。坡、轍生もいるんだろ。ありがとうな。」

滄さんは、通話をスピーカーにしていたのを見越したように言った。
轍生と顔を見合わせる。

 「すまない。肝心な時にいなくて。」

滄さんは、俺らに謝罪した。
俺も轍生も滄さんに伝えられた安堵からか涙が止まらなかった。
滄さんが謝ることなんてないのに。
俺らには、返す言葉もなかった。
電話を切った後。俺は、受話器をもったまま腰砕けになって、その場に座り込んだ。
それから朝まで。俺と轍生は一睡もできなかった―――……。



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